一坐

Duration : 9月1日(水)~10月10日(日) 12;00-19:00 月曜日休廊

Opening : 9月1日(水)ー10月10日(日)

Venue : 东京都港区台场2-2-4 Clinic Mall3F

Tel : +81 (0) 3-6426-0726

Web : https://shunartdesign.com/

Artist : HAYASHI MARIKO

見え隠れする「前衛」
     ―はやしまりこの作品世界

 台風9号で風が猛威を振るい、アトリエからはかなり重そうな雲が光を通過しながら、様々な表情を見せてくれる。夕方、寝室の窓に突っ立って雲行きを観察してみた。タイムラインでは、直島のシンボルだった草間彌生の黄色いかぼちゃが海に流されたことが注目されるニュースになる。かつてそのかぼちゃの前で記念撮影した写真と、流された写真を載せるS N Sの行為、コロナ禍で出かけることは制限されても、情報は瞬時に世界を繋げている。
 「精神分析が考察するのは、すべての人が一回限りの事件として、自らの精神と身体で描いていく〈成長〉というドラマであり、それにまつわる病である。フロイトの精神分析の理論は、そのドラマを解釈するための一つの有効な仮説である」
 はやしまりこアトリエ訪問をした真夏のある日、土曜日だけのカフエで目にしたその作品群は、作家の世界を強く訴えかけてきた。「他者との関係性」をいかに築いていくことに対して、精神分析はもはや口を閉ざすとされている一般理論。はやしまりこの作品世界で、私はまだ解明されぬ、「環境」に適応力を持つ「エロス」を見つけた。作品群の何十年にわたる「進化」、誰かのリクエストによる「創出」には大きい作品に怖気つかない「おおらかさ」とその隠せない「才能」がピカッと光る。
 50年代に関西で花開いた「具体」、60年代に関東で誕生した「モノ派」。同時代の世界の前衛芸術と引けをとらない先人たちの歩みは、その後の日本の現代アートにどういう風に受け継がれてきたのか。ひとごとでは語れないことだろう。
 言えることはただ、情報化社会でフラットになった「瞬時の拡散」がもたらされる「均等さ」の到来だ。ネットをぐぐれば、大体の「情報」はいつだって手に入る「便宜性」から私たちは、何でもついわかった「気」がするようになる。
 今回展示される作品群は、はやしまりこ作品のシリーズ作に対するちょっとした「回顧」にあたる。文学性の高い抽象的なシリース、おそらくその画面たちはいつか、どこかで目にしていた朝焼けか夕焼けの眩しい「ヒカリ」たち、その画面に対面していると心の中の柔らかい「何か」が「懐かしい」と叫び出すのではと感じる。
 初恋の相手に告白ができず、モゾモゾしていたら、その相手から話しかけられた「瞬間」のどきめき。それに似た「擬似的」な興奮を私は感じ取った。
 子供時代に家族で出かけた、はじめてのビーチ。海は想像していたより暖かかった。親の手を離して「海」に飛びこむその第一歩、いま手にした「遠い記憶」の片鱗を、作品の世界で汲み取るには、彼女の作品世界で見え隠れする「前衛」を見抜く必要がある。
                                             ―東京アトリエにて  Shun

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